僕が僕であり続けるために

嬉し嬉し♪の探求 その10

今年も僕は僕らしく 頑張っていきたいと思います。
新しい僕を見出していくためにも、自分の過去を振り返ってみたいと、あらためて日記を再度アップしたいと思います。

(2008年8月7日日記より)
●僕は僕らしく


昔僕は 自分のことが大嫌いでした。

僕は生まれつき 耳が聞こえなかったですし、故に周りの人との コミュニケーションが出来なかった、テレビやラジオなどから 情報を仕入れることは難しかったのです。

ですから、そのような環境の中で 成長していくうちに、「自分は周りの人と比べて 劣っている」という思いが 自然に生まれていたのは、無理からぬことだったのです。

なんとか健常者たちに追いつきたい…!

そのような焦りに似た気持ちにとらわれていたために、手話を使うことに抵抗を感じ、主に口話を中心に 周りの健常者たちとのコミュニケーションに努めようとした時期がありました。

しかし 大学に入ってから 手話サークルの人や 聴覚障害者たちと触れ合う中で、ようやく手話でコミュニケーションできることの大切さに気づきました。

そうして 自分本来のコミュニケーション手段を用いることで、自分自身を取り戻すことが出来たように感じました。


けれども…

それでも僕は 自分のことが好きになれませんでした。

毎日 鏡の前に立っているとき、自分を見つめることさえしないで、いつも目をそらしてばかりしていたのです。


自分の中の 何かが足りないように 感じていたのです。

ですから、その足りない“何か”かを 見い出そうと、「何かしなくてはいけない」と 常に感じていたのです。


けれども 仕事や活動で 頑張っていても、なかなか気持ちは晴れませんでした。

やがて 妻と結婚して 間もないうちに、目も見えなくなるという悲劇に 見舞われてしまいました。


その時の僕は、自分は何もかも出来なくなったと、激しい自己嫌悪に陥りました。



―何も出来ない自分だなんて、そんなの耐えられない!―

―こんな自分だなんて、どこに意味があるというんだ!―

―妻の足を一生引っ張るぐらいなら、自分なんて いなくなったほうがいい―




そうやって 自分を責めたてる毎日が続いたのです。

また心の中の「天使」と「悪魔」が 毎日自分にささやき続け、そのたびに衝突が起きた時期もあったために、僕はすっかり 身も心も疲れきってしまいました。

そういう自分の 惨めな姿に気づいて、泣いてしまいました。

もう死んで楽になりたいと思いました。





そんな状態に陥ってしまった僕を 救ってくれた言葉がありました。



―自分を愛せないで、どうして周りを愛することが出来ようか―



その言葉は僕の心を 深く突き刺さりました。

そして少しずつ少しずつ 気づくようになりました。

自分はいつも 他人の目を気にしながら生きていたことを

自分を少しでも よくしたいとこだわってばかりして、“本当の自分”を閉じ込めてしまったことを

ありのままの自分を認めようとしないまま、ずっと自分を 否定し続けていたことを



…自分は 他の誰のものでもなかったのです。自分は自分なのだと。

だから周りの人の目とか、意見とかに左右される必要は どこにもなかったのです。



―自由奔放、わが道を行くのみ―

―全てはあるがままに―

―あるがままの僕―




…それだけで十分だったのです。

周りと比べてみる必要は どこにもなかったのです。

そう気づいた時、

「…なあんだ!そんな簡単なことだったのか!」

と思ってしまいました。

「自分は不幸だ!」とか、「自分はこんなに苦しんでいるのに、皆にはいったい何がわかると言うんだ?!」なんて、勝手に思いこんでしまった 自分がバカらしくなってきました。
いったい僕は何をカッコつけてたんだろう?!
所詮、自分勝手な自作自演の一人芝居でしかなかったじゃないか。


そうしたら…

「僕」は「僕」として、ちゃんと存在していることに気づいたのです。

あるがままの「僕」です。

「何かが足りない…」 なんて思ったのは、実は自分勝手な思い込みだったのです。

結局 自分勝手に作り出した「錯覚」に過ぎなかったのです。



「…何かしなくてはならない」

「…何かすぐれた存在にならなくてはならない」


なんて 考える必要はどこにもなかったんだ

あーあ… 僕って何やってたんだろ?!

今までの自分がバカみたい…

今のままの自分で十分だったんだ

そういう自分でいられること自体が、すでに“幸せ”だったんだ

とっくに初めっから、僕たちはすでに 幸せだったんだ

そういう自分で 十分満足だったんだ!



そう思ったとき、初めて僕は 僕のことが好きになっていったのです。

―この「僕」がいてくれて ありがとう―

例え見えなくても、聞こえなくても、

「僕」が「僕」である限り

何も怖いと思うことはなかったのです。

何も怖れる必要は どこにもなかったのです。




―全てはあるがままに―

―あるがままの僕―

―何も縛られない僕―

―僕は僕らしく―



そんな「僕」の存在を、いつも嬉しく思える僕がいるのです。

「僕」という存在に、
「ありがとう…」と。

(以上)


ここに僕の心惹かれる歌を紹介します。

「世界に1つだけの花」
NO.1にならなくてもいい


NO.1にならなくてもいい
もともと特別なOnly one

花屋の店先に並んだ
いろんな花を見ていた
ひとそれぞれ好みはあるけど
どれもみんなきれいだね
この中で誰が一番だなんて
争うこともしないで
バケツの中誇らしげに
しゃんと胸を張っている

それなのに僕ら人間は
どうしてこうも比べたがる?
一人一人違うのにその中で
一番になりたがる?

そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい

困ったように笑いながら
ずっと迷ってる人がいる
頑張って咲いた花はどれも
きれいだから仕方ないね
やっと店から出てきた
その人が抱えていた
色とりどりの花束と
うれしそうな横顔

名前も知らなかったけれど
あの日僕に笑顔をくれた
誰も気づかないような場所で
咲いてた花のように

そうさ 僕らも
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい

小さい花や大きな花
一つとして同じものはないから
NO.1にならなくてもいい
もともと特別なOnly one

らーらーらーらー
らーらーらーらーらー・・・
やーやー・・・
(以上)


どうか皆さんも 「自分」を大切にしてくださいね。
存在しているだけで すでにあなたは幸せなのですから。
僕も 皆さんも こうして存在していることを 心から感謝したいと思います。

ありがとう…


いつも皆さんがいてくださって、ありがとうございます。

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